中島隆信『大相撲の経済学』流し読み中、がっかりする部分に遭遇。中島にして「モラルハザード」ってことばの意味がわかってない模様。モラルハザードは、このpdf で書いているような「倫理の欠如」ではありません(モラル(道徳)と倫理のちがいは、ここでは本質的ではないので不問。また、別に他人を欺く必要はまったくない。立ちションをする、電車の中で化粧をするなど道徳的によくないとされる行為ならなんでもいい)。モラルに反する行為そのものではなく、そうした行為を推奨するに等しい環境がモラルハザードでございます。
さらに言うなら、ここで例として挙がっているリーマンが上司の目を盗んでさぼっているというようなのは、一般には(特に経済学では) モラルハザードとは言われないんじゃないかな。これがモラルハザードでないとまでは言わないけれど。通常は、よかれと思って作られた制度や仕組みが、かえって、積極的に、悪事をはたらくインセンティブを作ってしまう場合にモラルハザードと言うんだと思う。育ちの悪い連中がゴミを投げ捨てる、というのは単にそいつらの卑しい性であって、モラルハザードではない自然の姿。一方、あたりをきれいにしようと思って「ゴミを拾ったら賞金あげる」という規則を作ったら、賞金をもらう機会を増やすためにみんながわざと積極的にゴミを投げ捨てるようになって、かえってあたりが汚くなった、というようなのがモラルハザードとして挙げられるものだと思うなあ。この「かえって」とか、本来の意図とはちがって、というあたりの有無がポイントだと思う。
たとえば、途上国に貧困脱出してほしくて「貧乏なところほどたくさん援助をあげるからその金でがんばるんだよ」と言ったら、みんな援助ほしさにかえって貧困脱出努力をしなくなったとか。そしてこりゃいかんと思って「貧困削減の実績をあげたところに実績に応じた援助をあげます」と言ってみたら、実は削減できるほど有能なところはとっくに豊かになってて援助なんか不要で、一方貧困なところはそれができないから貧困だったというのに、この援助方針のおかげで援助すらもらえなくなり、焦って「削減努力」と称したポーズばかりに努力を注ぐようになってかえって失政に拍車がかかり貧しくなったとか、それを嘆いて「政策立案執行能力が低いので、それが育まれるまでは先進国のドナーが技術支援して OJT で能力育成する!」と言ってあれこれ口出ししたら、現地の役人たちが経験を積む機会が減って、さらにはやる気も自信も喪失してかえって全体としての政策実施能力が下がって債務だけ増えて返済で首がまわらなくなったとか、「じゃあ返済できない負債は棒引きしてあげるから、その分でがんばれよ」と言ったら、無駄な努力するより棒引きしてもらえるほうがいいってんでがんばるどころかかえって返済努力=発展努力をしなくなって「HIPC Benefit!」とか看板を掲げて胸を張ってくれたりとか、二重三重のモラルハザードのスクツが身近にあるなあ。 (2006/2/27, id)
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